こんにちは。今井いとです。

前回の投稿では、今まであまり表に出してこなかった自分自身のことを初めて書きました。

普段仕事で文章を書くときとは違い、自分のことを書く文章って、どんなふうに受け取られるのか全然分からなくて…

公開するまでは、正直少し不安でした。

でも、思っていた以上にたくさんの方に読んでいただいて、温かいコメントもたくさんいただきました。

それが本当に嬉しかったです。笑


あの記事を書いたことで、
ここなら、もう少し自分のことを話してみてもいいのかもしれない…!
そう思えるようになりました。

なので今日は、最近の私のことをもう少しだけ。

今までSNSではあまり話してこなかった、私がずっと抱えている悩みについて書こうと思います。

目次

キーボードを打つ手が、止まってしまう

今書いている長編小説、実は半年前に書き始めてまだ半分も進められていません。

原稿を開いて、読んで、少し直して。結局その日1日は何も進まないまま終わる。
その繰り返しです。

書きたい場面は頭の中にはっきりとあるのに、いざ文章にしようとすると
「自分のイメージを伝える為の文章は、本当にこれで大丈夫なのだろうか」と、
急にキーボードを打つ手が止まってしまいます。


前回お伝えした通り、私は今フリーで大人向けの動画や音声作品の台本を書く仕事をしています。

相手が何を求めているのかがある文章は、そこまで迷わずに書けるんです。
なのに、いざ自分の小説になると、途端に手が止まってしまう。

もっと良い文章があるかもしれない、なのにこれで終わって良いのかという、袋小路に入り込んでしまうことが多々あります。

それは、自分の小説には正解を決めてくれる人なんていないからなのかもしれない。
それとも、私はまだ、自分が本当に何を書きたいのかを分かっていないのか。

今のところ、その答えは自分でもよく分かりません。

書くことだけは、やめたくない

こんなことを書くと、「作家を諦めてしまうのでは」と心配されてしまいそうです。笑

それでも、書きたいという気持ちはずっと私の中から消えません。
むしろ書けない日が続くほど、書きたいという思いが溢れています。

依頼された台本を書いているときも、自分の原稿のことが頭の片隅によぎります。
不意にノートにメモしたり、何も書けないのに原稿を開いてしまう。

きっと私は、書けない今も、書くということをやめられない人間なんだと思います。

いつか、この半年間止まってしまっている物語の続きをちゃんと書き終えられる日が来たら…
その時は、真っ先にここで報告させてください!

最近よく言われること

「いと先生、写真集とか出さないんですか?皆見たがってると思います」

先日、フォロワーさんからこんな質問が来ました。
このコメントと似たような質問が、最近よく寄せられます。

正直、全く考えたことがなかった訳ではありません。

SNSに私自身の写真を載せるようになってから、ありがたいことに私自身について声をかけていただくことが増えました。

それもあってか、今私をフォローしてくださっている方達の中には、そういうものを求めてくれている人も少なからずいる、ということに改めて気付かされたんです。

ですが、私はこう答えました。

「ありがたいお話だと思っています。ただ、私が目指していたのは『私が』表現することだったので、『私で』表現するということに、まだ気持ちが追いついていないんです。」

私の表現の中に、私自身が入ってくること。
それは、活動を始めた時からあった違和感でした。



……ただ、その日のライター業務を終えた時にふと、自分の中で引っかかるものがあったんです。

作品を作ることと自分自身が作品になることって、本当に、そんなに別のことなんだろうか。
そんなことを一瞬、考えました。

表現の方法のひとつとして否定できないんじゃないのか、自分がしたい表現とは何か。

その答えを、今の私はまだ持っていません。

最後に

情けない話を、最後まで読んでくださってありがとうございます。

でも、こういう不格好なところも、正直に見せていきたいなと思っています。笑

書けない日の話も、書けた日の話も、これからも綴っていきますね。

専用のLINEでは、ここには書ききれない執筆の裏側も、もう少し先にお話しできればと思っています。

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