今日、『飼う女』を公開します。

最後の手直しも終わり、ようやくみなさんに読んでいただける日が来ました。
少し前まで、書きたいのに書けない日が続いていたので、こうして小説をお届けできることが、今は本当に嬉しいです。

ミサキは、直人という男性を「飼って」います。

仕事の話をしたり、買ってきたプリンについて話したり。
何気ない時間を過ごす二人ですが、直人の首には、ときどき黒い革の首輪がつけられます。
そんな二人の、少し変わった関係を描きました。

実は、この小説、最初に考えていた結末とは少し違う形になりました。

書いているうちに、ミサキのことが少しずつ分かってきて。

彼女ならどうするだろう、と考えているうちに、自然と今の結末になりました。

自分でも思いがけないところにたどり着いたこの小説を、ようやくみなさんにお届けできます。

楽しみな反面、やっぱり少し緊張しています。笑

この二人を、みなさんはどう感じるのでしょうか…

それでは、『飼う女』。

お時間のあるときに、ゆっくり読んでいただけたら嬉しいです。


飼う女

一

「おすわり。」

そう言ってから、私はテーブルの上のワイングラスを少し奥へ動かした。動いた拍子にテーブルにでもぶつかって、グラスを倒されては困る。ラグにこぼしたら、明日の予定が一つ増えてしまう。

「そう。良い子。」

背中へ手を回し、ドレスの腰に寄った布を指で引いて整える。

「今日は、ちゃんとできる?」

私はソファに腰を下ろした。

近づいてくる気配に、指を一本立てる。

「待て。」

動きが止まった。

素直だ。あまりに素直なので、ときどき、どこまで言うことを聞くのか確かめたくなる。

キッチンで、冷蔵庫のモーター音が低く鳴っていた。

私はテーブルからグラスを持ち上げ、胸の辺りの高さで軽く回す。「はぁはぁ」と、興奮を抑えきれない息遣いが聞こえてくる。視界の端に待ちきれない姿が映るが、視線は合わせずに、ワインを一口飲む。

「よし。」

直人が顔を上げた。

床についた手は、もちろん、人間の手だ。二十七歳の、昼間は普通に働いている会社員の手。下着姿で床に座らせられている彼の首には、私が選んだ細い黒革の首輪がついている。

私は男を一人飼っている。

直人は待ちきれないと言わんばかりに、私の股ぐらに首を突っ込む。直人の熱く湿った吐息が太ももを湿らす。私の感じるところを探るように、ショーツの上から執拗に、直人が舌で何度も陰核をねぶる。

「仕方のない子ね。我慢できないの?」

くぐもった直人の呻き声が聞こえるが、それでも彼は舌を動かし続けていた。直人の唾液とじんわりと溢れてきた私の愛液で、ショーツが陰部に張り付く。そうすると一層直人の舌の動きが解像度を増して伝わってくる。下から上へ、そして上から下へ。陰核に直接触れずともその布ずれのたびにチカチカと視界が瞬く。つまらない自慢をする男の前戯より、一途に舐め続けてくれる男の前戯の方がずっと気持ちがいい。それが私の命令で舐めている男なら尚更だ。

「待て。」

興奮で我を忘れ、犬のように淫部を舐め続けていた直人の動きがピタッと止まる。

「待て」の合図は絶対なのだ。私はそっとグラスをテーブルに戻した。

恨めしそうにこちらを見上げる直人の目をまっすぐに見つめ、ドレスをたくしあげ、ショーツの紐に手をかける。ようやくご褒美がもらえることを知った直人の視線が、私と、ショーツからはみ出た陰部を行ったり来たりする。

既に直人のペニスはパンツをきつく押し上げており、その先には湿った跡がついてしまっている。正直な彼の身体の反応に、口角が少し上がってしまう。

「よし。」

直人はごくりと一度唾を飲み込み、ショーツの中で蒸れた私の秘部に舌を伸ばした。

「あぁっ。」

ねっとりと粘膜同士が擦れ合う快楽に、思わず声を漏らしてしまう。直人は口全体で大陰唇を包み込むと、愛液を舐めとるかのように、ゆっくりと上下に舌を動かし始めた。

「はぁ、はぁっ。」

膣内に固く伸ばした舌先を挿れ、円を描くように何度も膣壁をなぞる。ペニスとはまた違った快感がゆるりと訪れる。そしてまた小陰唇を上下に舐めまわされ、直人の舌が陰核に触れる。その瞬間全身に電流が走る。止めようがない快感の波に嬌声が漏れ始める。ランダムに陰核に触れる舌に、徐々に快楽のうねりが大きくなっていく。

私は直人の後頭部を自分に引き寄せるように押さえつけた。快感が大きくなる。あくまでも快楽の道具として使われているのに直人は、一心不乱に私を気持ちよくしようと舌を動かし続ける。彼のパンツのシミは徐々に大きくなっていった。

そして私は、その姿を見ながら絶頂した。

私は直人の髪を撫でた。

「今日も良い子ね。」

「今日も、って。」

「何。」

「悪かったこと、あった?」

少し考えたが、すぐには思いつかなかった。

「これからあるかもしれないでしょ。」

「未来の分まで言われるんだ。」

可笑しくなって、私は笑った。直人も笑う。私が何を言っても、神妙な顔で頷いているわけではない。そういうところも気に入っていた。

行為が終わった後の余韻を楽しみながら、グラスを持ち、喉を潤す。ワインは空気に触れて、さっきより飲みやすくなっていた。少し残っているが、これ以上はいらない。テーブルにグラスを置く。

私の家の、どこに何があるのか、直人は必要な分だけ知っている。グラスの場所。洗面所のタオル。充電器を挿していいコンセント。知らなくても困らないことは、聞いてこない。

「明日も仕事?」

「うん。」

「じゃあ、そろそろ帰らないとね。」

「そうだね。」

返事をしたが、直人はすぐに席を立たなかった。私も急かさなかった。

どこからか、救急車のサイレンが聞こえてきて、やがて遠ざかっていった。私はドレスの裾を直し、ソファの背にもたれた。

二

水曜の夜、直人が来たのは九時半を回った頃だった。

私は先に帰宅して、洗濯機を回していた。洗濯物はタオルばかりで、自動乾燥の設定にしてある。終わったらすぐに取り出したかったが、表示されている残り時間を見て、待たずにその場を離れた。

会社から持ち帰ったパソコンは、まだテーブルの上にあった。明日の面談に使う資料を直したところだった。

営業から人事に移って、三年目になる。扱うものが変わっても、誰かが「大体そんな感じで、うまくやっといて。」と言った、指示とも取れない曖昧な回答を、文章にして、日付や金額を確かめる仕事はなくならなかった。

今日もいつものように、誰かの曖昧さを正すだけの仕事だった。面談担当の部長から送られて来た「午後ならいつでも」という返事はやはり信用のならないものだった。予定表をみると、彼は二時に別の会議があり、三時半から外出するらしい。

午後とは、ずいぶん短いものだなと苦々しく思った。

若い担当者が困った顔をしていたので、私から連絡した。部長はあっさり時間を空けてくれた。最初からそう言ってほしい、と思ったが、口には出さなかった。代わりに、調整していただいてありがとうございます、とメールを送った。

パソコンを閉じたところで、インターホンが鳴った。

「今日疲れた。」

靴を脱ぎながら直人が言った。片方の靴下だけ、踵が少しずれていた。

「何時まで仕事だったの?」

「九時くらい。」

「さっきじゃん。」

「さっき。」

鞄を置く前に、紙袋を差し出してくる。

「これ、食べる?」

プリンが二つ入っていた。

「どうしたの。」

「駅で売ってた。」

「それは分かるけど。」

「一個だと袋が倒れそうだったから。」

理由として適当すぎる。私は袋を受け取り、冷蔵庫を開けた。似たようなプリンが奥に一つ残っていたが、直人からは見えない位置だった。

「うちの競合。」

「じゃあ、研究して。」

「私、開発でもないし、もう営業でもないんだけど。」

「けど、競合他社なら、何か得られるものあるでしょ。」

直人は勝手に専門家扱いして、洗面所へ向かった。

玄関での私たちは、どこにでもいる男女と大して変わらなかったと思う。少し疲れて帰ってきた男と、もう家にいる女。洗面所から水の音が聞こえ、私は彼の分のグラスを出す。

直人の鞄は、いつも同じ場所に置かれていた。通路を塞がず、私の鞄にも触れない、棚と壁の間。置く場所を決めたのは私ではない。

「何で疲れたの。」

戻ってきた直人に聞いた。

「午前中、怒ってる人のところに行った。」

「何をしたの。」

「俺は何もしてない。」

「みんなそう言う。」

「いや、ほんとに。うちの製品じゃなかったから。電話では型番が分からなくて、見に来てほしいって言われたんだ。」

私は笑った。

「それ、どうするの。」

「うちのじゃないですね、って言った。」

「そのまま?」

「柔らかく。」

「やってみて。」

「今?」

「うん。」

直人は少し姿勢を正し、私ではない誰かを見るような顔をした。

「こちら、弊社でお取り扱いしているものとは、少し違うようでして。」

「少しじゃなくて、全部違うんでしょ。」

「全部違った。」

私はもう一度笑った。直人は、ようやく笑ってもらえたという顔をしない。ただ、水を一口飲んだ。

彼のそういうところは、初めてまともに話した夜から変わっていない。

大学のジャズ研の友人に呼ばれた飲み会だった。知らない顔が何人かいると思ったが、話してみると、半分くらいは見覚えのある後輩だった。私が四年生のときの一年生は、もう二十代後半になっていた。

「高瀬くんだよね。」

「はい。」

「ベースの。」

「そうです。」

名前を思い出せたことに、私は少し満足した。

「ミサキさんは歌ってましたよね。」

「そうね。もうやってないけど。」

「いっつも綺麗なドレスで演ってましたよね。」

「確かに、いつも張り切ってたけど、よくそんなこと覚えてるね。」

「よかった。間違えたら困るなと思って。」

「誰と間違えるの。」

「ドレスを着てない方のミサキさん。一応の確認でした。」

そのときも、彼は真顔だった。

大学にいた頃の直人を、私はほとんど覚えていない。ステージの側にいた少し髪の長い男の子、という輪郭だけがあった。彼の方も、私についてたいしたことは知らなかった。だから、話すことがあった。

あのとき誰と付き合っていたの、と聞いてこないのもよかった。近況を教えるついでに、過去まで差し出す必要がなかった。

飲み会の後、何度か連絡を取り、また会った。今の関係を提案したのは私だった。

冗談にしてしまえる言い方をしたつもりだったが、直人は笑って流さなかった。かといって、深刻な話をする顔にもならなかった。

「ミサキさん、そういうの好きなんだ。」

「嫌?」

彼は少し考えてから、嫌じゃない、と答えた。

大げさな話し合いはなかった。私たちは、次に会ったときも、その次に会ったときも、同じ関係を続けた。

棚から首輪を取ってソファに戻ると、直人はグラスを置いた。

「おいで。」

さっきまで仕事の話をしていた男が、私の前へ来る。

近くで見ると、彼の髪にはまだ外の湿気が残っていた。雨は降っていなかったはずだ。駅から少し急いだのかもしれない。

「走ってきた?」

「信号、一個だけ。」

「別に待てたのに。」

「俺が渡りたかっただけ。」

そういう返事もする。

首輪をつけた後で、直人の手が私の方へ動いた。

「待て。」

手は途中で止まった。

あと少しで触れる距離だった。私が動けば届く。その隙間を残したまま、彼は待っていた。

私はテーブルのリモコンに手を伸ばし、エアコンの設定を一つ変えた。直人は、その間も動かなかった。

「よし。」

ゆっくりと直人は私のネグリジェの肩紐を外す。

はっ、と直人が息を吐き出す音がする。興奮しているのだ。胸下までネグリジェの生地が下ろされ、外気に触れた乳首にきゅっと血が集まる。その勃起した乳首を直人はおもむろに口に頬張る。幼子が乳を求めるように健気に吸い付いてくる。熱を持った舌が乳首を転がす。

「あっ……。」

粘膜が触れる快感に、思わず息を漏らしてしまう。調子に乗って直人は執拗に乳首をなぞり、押し当て、少しでも私を気持ちよくしようとする。

「良い子ね。下も触って?」

指示に従いながら直人の手はネグリジェをかき分け、何も履いていない私の股間に辿り着く。陰毛をかき分けながら、既にしっとりと濡れている蜜壺に触れる。

「そう、ゆっくりよ。」

溢れてくる愛液を塗り広げるように、そっと愛撫をし、陰核を責め始める。断続的で強烈な快感が陰核から頭の先まで走る。直人の手の動きに呼応して、陰部からははしたない量の愛液が漏れ始めている。

やがて直人の指は、その蜜壺へと進んでいく。男のゴツゴツとした指が膣壁を擦る。自分でするときとは異質なその感触にどうしようもなく体が悦んでしまう。

「はっ、はぁ、あぁっ。」

体温が上がっていくのを感じる。膣口から直人の人差し指の第二関節分だけ離れたところに私のGスポットがある。正確にそこを擦りながら、絶えず赤く隆起した私の右乳首を舐め続ける。気持ちいいけれど、早く直人のモノが欲しいという感情が湧き出てくる。

「よし。挿れて。」

私が言い終わると同時に、直人は待ちきれないと言わんばかりに服を脱ぎ始めた。

いつ見ても素晴らしいペニスだ、と思う。赤く腫れ上がった亀頭と、平均よりほんの少しだけ長い竿にはどくどくと音が聞こえそうな血管が浮き出ている。彼はその熱く怒張したペニスを私の淫部に押し当てた。粘膜同士が触れ合い、その熱量を高め合う。直人のゴツゴツとした手が腰に当てられ、位置を調整すると、そのまま一気に貫かれる。

「あぁっ。」

既に悦びを待ちきれずに濡れていた膣肉をかき分けて、直人のペニスが入ってくる。カリ首が膣肉を擦り、快楽が波となって押し寄せる。ぎゅっと腰の手に力が込められて、直人がペニスを全て私の膣の中に押し込めようとしてくる。直人の亀頭が子宮口に軽くキスをする。

「はぅぁっ。」

思わず、か弱い声がこぼれてしまう。全身で己が牝であることを感じると共に、直人のペニスから精液を搾り出そうと、膣肉が収縮する。どくどくという直人の脈動するペニスに合わせて、ぶしゅっと膣奥から愛液が溢れ出てしまう。それを掻き出して「もっと出せ」と言わんばかりに直人のペニスは直線運動を繰り返す。

「ああぁ、あぅ、はぁっ、あぁっっ。」

コツ、コツと少しずつ角度を変えながら、子宮口が擦られる回数が増えてくる。思わず私も直人の腰を自分に押し付けるように掴む。

「そこっ、そこっ、もっと擦って。」

額に汗を浮かべながら懸命に腰を振る直人に愛しさが溢れ出してしまう。可愛い子。そう思うと、ぎゅっと膣内が締まってしまう。

「ごめんなさいっ。もう、イきそうです。」

直人が潤んだ目で見つめてくる。ずちゅっ、ずちゅっという水音とソファが軋む音が響く。

「あぁっ。ダメ。私がイくまで、あぁっ、我慢っ、できるでしょ?」

気を紛らわすように、上を見上げる直人。

健気に言いつけを守って、腰のストロークを保つ。ぐちゅっ、ぐちゅっと卑猥な音が鳴り続ける。膣口では繰り返される運動に、愛液とカウパーが混じり、空気を含んで白くなってしまってるだろう。お互いに汗ばんだ肌をぶつけ合い、絶頂はゆっくりと、しかし確実に近づいてくる。

ゴリっと直人の硬いペニスが子宮口を擦った。急速に絶頂感が訪れる。視線が定まらなくなり、膣壁が痙攣してくる。ぎゅうぎゅうと搾り取るように微細動する膣に、直人のペニスが射精感を堪えて一回り大きくなるのを感じる。まだ、少しだけ待って。そう口にする前に、しっかりと直人は射精を堪えながら子宮口をゴリゴリと擦り始めた。

「あぁっ、あっ、イくっ、イくっ。」

一度ぎゅっと膣壁が締まり、膣口から奥へペニスに精液を懇願するように蠢いてしまう。何も考えられなくなった私に対して、直人のペニスはぐぐっと大きさを増し、射精に向けて動き始める。既にイってしまった膣に、怒張が繰り返し擦り付けられる。腰を掴む直人の力が強くなり、「いいわよ、沢山出して」と心の中で呟くと同時に、直人のペニスはびゅっ、びゅっとリズムよく弾み始める。最後の一滴まで搾り出そうと膣壁が勝手に、その動きに合わせて収縮を続ける。

全て出し切った直人がゆっくりとペニスを膣から抜き出す。今まで満たされていた膣内から熱が取られたようで、少しだけ、寂しくなる。

洗濯機の終了音が鳴った。

私は一瞬、どこから鳴っているのか分からず、顔を上げた。直人が「あれじゃない。」と洗面所の方を指した。

「終わったんだ。」

「何が。」

「洗濯。」

「うん。」

直人は首輪を外した。棚に置いてあった最初の形に戻すように、留め具の辺りを軽く揃える。

「放っておくと、しわになるよ。」

「知ってる。」

「一応の確認だよ。」

「なにそれ。」

私は立ち上がり、乾いたタオルを取り出した。まだ熱が残っていた。畳むのは明日にしようと、籠に移す。

戻ると、直人は水を飲んでいた。

「今日泊まっていい?」

私はスマホの通知を開いたところだった。会社からではない。兄から、母が送ると言っていた荷物はもう受け取ったか、と聞かれていた。

「だめ。」

「明日休みなんだけど。」

「私が休みじゃない。」

「朝帰ればいいじゃん。」

画面から目を上げた。

直人は、いつもと変わらない顔でこちらを見ていた。何か大きなことを要求したとは思っていない顔だった。

「そういうのはいらない。」

私が言うと、彼は黙った。

朝、誰かがいると、自分の順番で支度ができなくなる。洗面所を使う時間や、ドライヤーの音や、カーテンを開けていいかまで、一つずつ気にしなければならない。二人分の予定を持つと、朝は短くなる。

歯ブラシなら、買い置きがあった。でも、あることを教える必要はない。

「来てほしいときは私が呼ぶから。」

「うん。」

「その方が楽でしょ?」

直人は少し間を置いた。

「まあね。」

私は画面に戻り、兄に、受け取った、と送った。すぐに既読がついたが、返事はなかった。兄も私も、それ以上伝えることがないときは、何も送らない。

直人はグラスを流しへ運んだ。

「洗わなくていいよ。」

「すすぐだけ。」

水の音がした。すすぐだけと言いながら、直人はスポンジに洗剤をつけて、結局グラスを洗ってくれた。

彼は帰り支度に時間をかけなかった。忘れ物がないか部屋を何度も見回すこともしない。スマホ、財布、鞄。持ってきたものを持ち、靴を履く。

「プリン、食べてね。」

「二個とも?」

「二個とも食べられるでしょ。」

「太る。」

「研究だから。」

ドアが閉まる前に、私は少し笑った。

鍵をかけて戻る。乾いたタオルが籠からはみ出していた。結局、その場で畳んだ。直人がいなくても、私の朝にすることはまだあった。

プリンは、冷蔵庫に三つ並んでいた。

賞味期限の早いものから食べるつもりで、一番奥の一つを取り出した。

三

次に直人が来たのは、2週間ほど後だった。

一度、週末に連絡をしたが、先約があると言われた。ジャズ研の同期とスタジオに入るらしかった。

「まだやってるんだ。」

「たまにね。」

それだけのやり取りだった。

私は別の友人を食事に誘い、帰りに、前から気になっていた店で靴を買った。直人が来なければ一日がなくなるわけではない。箱を開け、部屋で履いてみると、店で見たときより色が濃く感じられた。照明の違いだった。

次の水曜日、その靴をまだ外で履かないうちに、彼がまた来た。

「増えた?」

玄関で聞かれて、私は足元を見た。

「分かるんだ。」

「箱があるから。」

目ざといのではなく、片づけていない私の方に問題があった。

直人は靴を揃えた。私の新しい靴には触れなかった。

その夜は、先にウーバーで頼んだものを食べた。私が頼んだ料理を、直人が皿に移した。容器のままでいいと言ったのに、皿があったから、と言う。洗う人のことを考えていないのかとも思ったが、たぶん彼が食器洗いまでするつもりなのだろう。

「スタジオ、どうだった。」

「久しぶりにやった曲、ほとんど忘れてた。」

「練習しないから。」

「ミサキはしてるの。」

「してない。」

「じゃあ、一緒じゃん。」

「私は歌わないから、忘れてても気づかないもん。」

直人が笑った。

「それ、ずるくない?」

「賢いって言って。」

食事の間、彼は演奏の話を少しした。途中から来るはずの一人が来なくて、三人で違う曲をやったこと。昔は簡単だと思っていた曲が、久しぶりだと難しかったこと。

私は細かいところまで分からなくても、聞いていられた。話の中に、自分がどう評価されたかという説明がほとんどなかったからかもしれない。

音楽の話になると、誰もが少しずつ、自分が何を知っているかを見せたがる。私もそうだった。よく知らない曲を知っているような顔で聞き、帰ってから調べたことがある。

大学に入るまで、私はずっと何かしら楽器に触れていた。子どもの頃のピアノと、中高のトロンボーン。大学で歌う側に回ったら、持ち物が少なくなったことが、最初は何より嬉しかった。

その代わり、喉の調子を気にするようになり、毎朝起きるたびに声の出を確認するのが日課になった。

「今も歌える?」

直人が聞いた。

「歌えるって、どのくらい?」

「普通に。」

「普通が一番困る。」

「じゃあ、歌いたい?」

私は少し考えた。

「それは、たまに。」

直人は頷いた。それなら今度、と話を先へ進めなかった。

私には、昔よく聴いていたのに、今は自分から聴かなくなった曲が何曲かあった。大学時代、一時期二人で会っていたジャズ研の南川先輩のピアノが、曲の途中から勝手に混ざってしまうからだ。

南川先輩は、演奏の細かいことについては驚くほど覚えていたくせに、誰と何時に待ち合わせたかをよく忘れた。待たされた店の名前は忘れたが、遅れて入ってきたときの顔は覚えている。悪びれていないわけではなかった。ただ、悪かったと思う時間が短かった。

直人は食べ終わった皿を重ね、重ねない方が洗いやすかったか、とつぶやいた。

「もう重ねたじゃん。」

「そうなんだけど。」

「ありがとう。」

食事が終わると、彼は私が何も言わないうちに立ち上がった。台所にいる後ろ姿を見ながら、私はソファの上で膝を抱えた。

恋人なら、こういう時間を写真に撮る人もいるのだろうと思った。私はスマホを手に取らなかった。誰に見せるものでもなかった。

洗い終えた直人が戻ってくる。彼の手には、まだ布巾があった。

「それ、置いてきて。」

「うん。」

「犬って楽でいいよね。」

直人が振り返って笑った。

「何それ。」

「好きとか聞かなくていいし。」

「犬でも好きくらいあるでしょ。」

「ない方が楽。」

彼が私を見た。

私はソファの上のクッションを直した。角が下に折れ込んでいた。引っ張って整えると、縫い目がまっすぐになった。

「私が呼んだら来て、帰れって言ったら帰る。」

「便利だね。」

「最高。」

私は笑っていた。

ただ、直人はもう笑っていなかった。

嫌な言い方だったかもしれない。でも、私たちは今までにも、似たようなやり取りは何度もしてきた。急に言葉の一つ一つを確かめ始めたら、何も言えなくなってしまう。

「こっち来て。」

直人は来た。

私は彼の服の襟を直した。片側だけ内側に入っていた。直人は自分でやろうとして、途中で手を下ろした。

「このくらいやってあげるから。」

私が言うと、彼は、うん、と答えた。

寝室へ移った後も、私たちはしばらく普通に話していた。

直人がベッドの端に腰を下ろし、床に落ちていた本を拾った。私は寝る前に読もうとして、同じところを何度も読んでいた。栞は買った日のままの位置にある。

「これ、面白い?」

「まだ分かんない。」

「結構前からあるよね。」

「本って、置いておいても腐らないから。」

「プリンとは違うね。」

プリンはもう全部食べていた。直人が買ってきた二つの方が、私の買った一つより美味しかった。そのことは伝えていない。

彼は本を閉じ、枕元の空いているところに置いた。

「俺さ。」

「ん?」

「なんで選ばれたの?」

「何が?」

「ペット。」

少し笑ってしまった。自分のことを、ずいぶん真面目な顔で言う。

「犬っぽかったから。」

「適当。」

「ほんとだよ。」

「他にもいたでしょ。」

いたか、いなかったかで言えば、いた。男の人と知り合うこと自体に、困った覚えはあまりない。

ただ、知り合えば知り合うほど、次の約束をするのが億劫になる時期はあった。

同じ質問に同じように答え、相手の仕事の話を聞き、知らない店を一つ覚える。帰ってから、今日は楽しかったです、と送る。相手からも、楽しかったです、と届く。本当に楽しかったかどうかは、そのやり取りが終わってから考えた。

私は直人を見た。

「面倒くさくなさそうだったから。」

彼は何も言わなかった。

「付き合いたいとか言わないし。」

「うん。」

「毎日会いたいとか言わないし。」

「うん。」

「私のこと知ろうとしないし。」

最後の一つを言ったとき、直人が少しだけ首を傾げた。聞こえなかったのかと思ったが、聞き返してはこなかった。

「ちょうどいいじゃん。」

直人は笑った。

笑ったので、私は話が終わったものだと思った。彼の笑顔のどこかが、食事をしていたときと違う気はしたが、それだけで何かを尋ねるほどのことでもなかった。

彼が従順だからというだけではない。私が自分から見せなかったところを、無理に知ろうとしないのが良かった。

どんな仕事をしているか、何が好きか、今日は何があったか。その程度のことは、いくらでも話せる。話すことが嫌なのではない。

説明し終わったはずなのに、まだ何か隠しているでしょうという顔をされるのが嫌だった。黙っているだけで、理由があることにされるのも。

直人は、私が喋らないときには、自分も喋らないことがあった。それで居心地が悪くなったりしなかった。

「私のこと、扱いやすいと思ってる?」

ふと思いついて聞いた。

「どうだろう。」

「何、その返事。」

「扱ったことないから。」

「今、気の利いたこと言ったつもり?」

「質問が難しかった。」

私は笑って、彼の肩を軽く押した。

以前付き合っていたカイトは、私が何かをしてあげると、分かりやすく喜んだ。食べたいと言っていたものを覚えていたり、探していた店を見つけたりすると、感心したように私を見る。

そんなことでよければ、何度でもできた。

喜ばせ方を知っている相手といるのは楽だった。少なくとも、何をしても合っていない気がする相手といるよりは、ずっと。

カイトと別れたとき、私はしばらく、まだできることが残っているような気がしていた。荷物を返し、予定を消し、彼の好きだったものを買わなくなっても、何かを終わらせ忘れた感じだけが残った。

直人とは、初めからそういう予定を作らずに済んだ。

記念日も、二人のために空けておく連休もない。欲しいと言われる前に何かを探さなくていい。来てもらう日を決め、それ以外の日は、それぞれのものだった。

彼のスマホが一度震えた。直人は画面を見て、テーブルへ伏せた。

「連絡返さなくていいの?」

「今返さなくていいから。」

「仕事?」

「弟。週末に荷物運ぶの、手伝ってほしいって。」

「引っ越し?」

「棚を買ったらしい。車に積めなかったって。」

「測らないの?」

「測らなかったんだろうね。」

直人には直人の週末があった。私は弟に会ったこともなければ、どんな棚かも知らない。それで困ることは何もなかった。

私は枕元の本を横へずらし、直人に向き直った。

彼が私の頬に手を伸ばして来たので、言った。

「待て。」

直人は止まった。

先ほどまで弟の話をしていた口が、何か言いかけて閉じる。少し困った顔をしている。それでも、彼はそのまま待っていた。私は首輪を手に取り、彼の首につけた。

「良い子。」

直人が小さく笑った。

「性格悪いよね。」

「今さら?」

「いつまで待ったらいいの?」

「私がいいって言うまで。」

私はすぐには続きを言わなかった。彼は急かさなかった。待つ時間の長さまで、私が決めていい。

やがて、私は言った。

「よし。触って。」

直人の手は一度私の頬を撫でた後、ネグリジェの上から私の胸を揉み始めた。胸全体を包み込み、優しく揉まれる。あくまでも気持ちよくなってもらおうという献身的な手の動きに、私の秘部がそっと湿り始める。円を描くように揉みながら、手のひらで既に勃起し始めている乳首に圧をかけてくる。じゅっと愛液が出てくるのを感じる。

彼はネグリジェをたくしあげると、ゆっくりと鎖骨にキスをした。鎖骨、右胸、お腹、へそ。徐々に秘部に近づいてくるほどに、じんわりとした快感が湧き出てくる。たまにぺろりと舐め上げながら、直人の舌は太ももに達した。

彼はそのままゴツゴツとした指を私の蜜壺に突き刺した。

「はぁぅっ。」

思わず牝の声が出てしまう。直人の指は的確に、私の膣内で感じる部位をなぞる。じゅぷっじゅぷっっと自分の下半身から淫靡な音がする。太ももに、パンツ越しでもわかる程にいきり勃った直人のペニスが当たる。彼は、快感を求めるように私の太ももにペニスを擦り付けていた。命令に正確に従う直人は、こちらが命令するまで、挿入してくることはない。その素直さを愛しく思うと同時に、本当は確認などせずとも、もう挿れていいのよと思う。

「ふふっ、もう挿れたくなっちゃったのね。」

「うん。挿れてもいい?」

濡れた瞳で必死に懇願してくる直人。意地悪をするのも楽しいが、私自身我慢できなくなってしまっている。もう既に膣壁がペニスを求めて動き始めてしまっているのだ。

「挿れて。」

直人は蜜壺から指を抜き、己のパンツを脱ぐと、一秒も惜しいというように、すぐにその熱く張り詰めたペニスで私の秘部を貫いた。

「あぁぁぁぁっっ。」

ペニスに絡みつこうとする膣壁を掻き分けて、最奥まで入ってくる。膣を突き抜けて、お腹まで届いているかのような激しいピストンに、理性が飛びそうになる。

「そのまま、そのまま膣を掻き回して。」

「うっ、はぁ、はぁ。」

直人は快感を押し込めるように顔を歪めながら、少し下から突き上げるような腰の動きに転じる。膣壁、子宮口、Gスポットの端を掠める。粘膜と粘膜の擦り合いに、獣のような声が出てしまう。

「いぐぅっ、そこっ、そこをもっと擦って。」

ずんずんと奥に響くピストンに、牝としての身体の構造上、この雄の子を孕もうと、子宮が少しずつ降りてくる。そうすると、より一層快感が増す。子宮を揺らされながらの絶頂を前に、直人のペニスの形がはっきりと膣壁で感じられるほど、ぎゅうっと膣内が締まってしまう。

「俺もイきそう。」

直人のペニスがぎゅっと膣壁を押しのけて太くなる。

「いいわよっ。出してっ。」

直人のペニスから大量の精子が膣内に出される。その瞬間に私も絶頂を迎える。数回に分けて吐き出される子種に合わせて、膣内が痙攣する。ようやく全てを出し終えた直人がペニスを抜くと、つーっと膣口から精液が流れ落ちるのを感じる。直人が慌てて枕元のティッシュで、拭いてくれる。

その後、直人はいつものように首輪を外した。

私が洗面所に行っている間に、彼はソファに戻っていた。スマホも見ず、ただ座っていた。

テレビはついていない。音楽も止まっている。

私はエアコンの風向きを変えた。ソファの方へ直接当たっていた。直人はそれを見上げ、目を戻した。

「今日は、もう帰ってくれる?」

いつもなら、うん、と言って少しゆったりした後、帰る支度を始める。

今夜は、彼は返事をしなかった。

「ミサキ。」

私はリモコンを置きながら振り返った。

「何?」

直人が口を開きかけた。

言葉が出てくるまでの短い時間、私は、彼が何を忘れたのだろうと思っていた。充電器か、傘か。前に来たときの何かが、どこかに残っていたのかもしれない。

でも、彼は言った。

「なんでもない。」

私は、そう、と答えた。

彼はそれから立ち上がった。今度はいつもと変わらず、鞄を持ち、玄関へ向かった。

私は見送った。

「気をつけてね。」

「うん。」

ドアが閉まった。

何を言おうとしたのか、聞き直さなかった。彼が言わないと決めたなら、そのままでもいいと思った。

流しには洗った皿が伏せてあった。直人が拭いたところと、拭かなかったところの境目が、台の上にうっすら残っていた。私はそこをもう一度拭き、布巾をかけた。

台所に立ったまま、明日の朝に着る服を考えた。

それから、ベッドへ戻って本を開いた。栞の挟まっているページを読み、途中で、前にも読んだところだと気づいた。

四

次に会う約束をした日、会社では、時間をかけていた案件が一つ片づいた。

異動に伴う引き継ぎの調整だった。関係する部署はそれぞれ言うことが違い、同じ話を何度も説明する必要があった。終わってみれば、メールに残せる結論は数行だった。

会社から家に帰る電車の中で、直人から連絡が来た。

『八時半くらいになる』

『分かった』

それで話は済んだ。

約束を確認するために、今日をどれだけ楽しみにしているかまで書かなくていい。こちらの短い返事を見て、機嫌が悪いのかと尋ねてくることもない。

私はスマホを鞄にしまった。

家に帰り、着替えを選ぶためにクローゼットを開けた。会社へ着ていく服と、それ以外の服は、きっちり分けているわけではない。ただ、月曜の朝に迷いたくない服は、まとめて手前に掛けてある。

私はその奥からドレスを一枚取った。前に着たものと違って、座っても腰の辺りが引っ張られないものだった。

鏡の前で、肩の位置を直した。

私は冷蔵庫に飲み物があるか確かめ、グラスを二つ出す。テーブルに置いてから、一つを台所へ戻した。先に出しておくと、埃が入る。

時間が少しあったので、洗面所を片づけた。

誰かが来る前の部屋は、一見片づいていても、よく見ると気になるところがいくつもあった。タオルを替え、床に落ちていた髪を拾う。直人が気づくかどうかは、関係なかった。

インターホンは、八時半になる少し前に鳴った。

直人はいつもの鞄を持っていた。

「寒い?」

「ちょっと。」

「上着、それだけ?」

「朝は平気だった。」

部屋へ入ると、彼は一度、私を見た。何か言うのかと思ったが、何も言わなかった。

「何。」

「いや。」

「変?」

「変じゃないよ。」

直人はそう答えて、鞄をいつもの場所に置いた。

彼が手を洗っている間に、飲み物を用意した。

「ご飯は?」

「軽く食べた。」

「軽くって?」

「パン。」

「いくつ。」

「二つ。」

「それは夕飯にはカウントしにくいね。」

「うん。」

直人が笑った。私も少し笑った。

いつもの夜だった。彼が来て、私はどうでもいいことを聞く。彼は答える。外で何をしていても、ここへ来れば、話す声の大きさはいつも同じになる。

直人はグラスを受け取ったが、すぐには飲まなかった。私を見ていた。

「何かついてる?」

「ついてない。」

「さっきから見てるから。」

「見ちゃだめなの。」

「別に。」

私は自分のグラスを持った。彼も、それからそっとグラスに唇をつけた。

彼にじっと見つめられたことがないわけではない。初めて会った日から、お互いの顔くらい見ている。彼が何か言う前に、私の方が先に話し始めてしまったのかもしれなかった。

何か聞きたいのかと思ったが、質問はなかった。

直人は、弟の棚は無事に運べた、と言った。

「よかったね。」

「部屋のドア、ぎりぎりだった。」

「今度は測った?」

「俺が測った。」

「お兄ちゃんだ。」

「そうみたい。」

その声には、大して苦労したという響きもなかった。やったことを話しているだけだった。

私は、直人の部屋に行ったことがなかった。写真を見せてと言ったこともない。住んでいる駅と、仕事のある日にだいたい何時に起きるのかは知っている。

今、私の前で水を飲んでいる男が、家族の前では別の顔をしている。それは当たり前のことだった。私だって、実家ではこんな服を着ない。

「何考えてるの。」

直人に聞かれた。

「何も。」

「そう。」

聞いたのは彼なのに、その返事で話を終わらせた。

私はグラスを置き、棚へ手を伸ばした。首輪は、前に直人が置いたままの形でそこにあった。

「おいで。」

直人は来た。

いつものように、彼は首輪を付けやすいように頭を傾けたまま、珍しくお願いをして来た。

「ミサキ、つけて。」

「言われなくても、つけるよ。」

首輪のバックルを留めて直人の瞳を見つめる。いつもいつも直人は、私の目をまっすぐに見返す。それがなんだか犬みたいで可愛いと思っていた。けれど、そういえば過去に付き合って来た人も皆そうだったなと思う。

「今日はベッドで。」

彼は静々と私の後をついてくる。そんなところまで犬じゃなくてもいいのにと思ってしまう。

二人でベッドに横たわると、直人が私の胸に手を伸ばす。ドレスに触れるか触れないかのところで、私は命令する。

「待て。」

ピタッと動きを止める直人。何度命令しても、欲望と私の命令の中で揺れる直人の表情が愛おしい。もっともっと、直人が性を渇望する表情を見たい。そんな感情が湧き上がると同時に、私の秘部がじんわりと湿り気を帯びるのを感じる。

「よし。」

直人はドレスの上から私の乳首を探り当てると、ゆっくりと乳輪の部分をなぞり始めた。緩やかな快感が訪れる。それと同時に、乳首を触られないもどかしさが、新たな快楽を呼び起こす。

触って欲しい。

摘んで欲しい。

そう思っている間も、直人の指は乳輪をなぞり続ける。

「摘んで。」

そう命令した瞬間に直人は程よい力加減で乳首を摘んだ。

「ああぁっ。」

乳首を起点に四肢の先まで電撃のような快感が走る。強弱をつけながら引っ張られ続ける勃起した乳首から連続的に快感が押し寄せる。

直人は右手で私の乳首をつまみながら、左手を使って私の胸元から腰にかけてフェザータッチでなぞる。くすぐったさと快感の信号が頭の中で混線し、体表に感じる全ての刺激が快楽に置き換わっていく。私の蜜壺を触って欲しい。そう思ったが、直人の手は蜜壺には辿り着かず、恥丘を焦らすように撫でる。

「中に挿れて。」

私は命令を下す。

「そんなに指を挿れて欲しいの?」

そんな問いをしながら直人の指が、既に愛液で洪水してしまっている蜜壺にずぷりと入る。

「あぁっ、あぁぁ。」

いつものように直人の指は念入りに膣壁を拡張し、同時に手のひらで陰核を刺激してくる。既に私の口からは牝声が漏れ出ていた。絶えず責め続けてくる彼の指はいつの間にか二本になっていた。さらに激しく膣壁が擦られる。直人の中指と薬指は膣内を触手のように動き、私はそのリズムに合わせて嬌声をあげていた。

「挿れて。」

直人はパンツからその怒張を取り出すと、焦らすように膣口に擦り付け始めた。快感の最高値を知ってるが故に、もどかしい快楽に、腰が勝手に動き出してしまう。

押し付けた蜜壺が直人のペニスをずぶりと受け入れていく。

「ああぁぁぁぁ。」

叫びとも、うめきとも取れる声が漏れ出してしまう。直人のペニスはぐりぐりと膣壁を押しのけ、快楽をもたらす。

目を瞑りながら膣肉の感触を楽しんでいた直人が、私の目を覗き込んできた。少し汗ばみながら腰を振る直人が問いかけてくる。

「もっと、欲しい?」

「奥までっ、もっと、ついてっ。」

命令すると、これまで以上に膣奥を突き上げてくる。淫靡な水音が部屋に響き渡る。あまりの快楽に、身体が子種を求め、子宮がゆっくりと降りてくるのを感じる。感じれば感じるほどに、子宮が降りてきて更なる快楽を産む。甘イキが何度も続き、気が遠くなる。

徐々に速くなる直人のピストン運動に、膣壁がペニスを離すまいと吸い付いていく。一際奥まで彼のペニスが突き刺さる。その瞬間私はキツく目を瞑り絶頂の波をとらえる。

「イくっ、イくぅっ。」

私の声に合わせるように、ドクンとペニスが一回り大きくなり、膣内を埋め尽くそうと精液を吐き出す。

射精に合わせて収縮を繰り返す直人のペニス。その脈動を感じながら私は、力尽きてベッドに身を任せた。

直人の荒い息遣いが聞こえ、現実に引き戻される。

しばらくして、私たちはソファに戻った。

直人はシャツを着て、袖のボタンを留めていた。片方を留め、それからもう片方。私はグラスを取り、水を飲んだ。

首輪はまだ、彼の首にあった。

「眠い?」

私が聞くと、直人は首を横に振った。

「ミサキは?」

「別に。」

彼の指が、私の手に触れた。

「まだいいって言ってない。」

直人は手を離した。

私はグラスを置いた。何か言い足そうとして、やめた。離したのだから、それで済んだことだった。

少しして、彼が腰を上げた。

私は反射的に、玄関の方を見た。直人は立ち上がらず、私の前へ身を乗り出した。

「どうしたの?」

笑いながら聞いた。冗談に返すときと同じ声を出したつもりだった。

直人は答えなかった。

「今日、変だよ。」

彼を見上げた。

首輪がついている。私がつけた首輪だった。見慣れた顔で、見慣れた服を着ている。それなのに、私の言葉を待っているときの顔ではなかった。

「待て。」

直人は止まらなかった。

ほんの少し、距離が縮まった。

私は口元の笑いを引っ込めた。直人が聞き間違えたとは思わなかった。私たちの間に、聞こえなくなるような音はなかった。

「待て。」

もう一度言った。

いつもなら言い終えるより先に動きが止まった。何かを言いかけていても、彼は口を閉じた。私が次を言うまで、待っていた。

直人は近づいた。

私はソファの上で、膝の位置を少し変えた。彼から目を離さずに、空いた手をクッションの端へ置いた。

「待てって言ったでしょ。」

思ったより強い声になった。

直人が止まった。

すぐ近くにいた。私は彼を見上げたまま、次に何を言えばいいかを考えた。いままで、考える必要のないことだった。

それでも、止まった。

いつもの彼に戻ったのだと思った。

「ずっと思ってたんだけどさ。」

直人が言った。

「何。」

「ミサキって。」

彼が私を見る。

「飼う側、向いてないよ。」

私は目を見開き、視線を逸らした。

彼はゆっくりと自分の首輪を外すと、ふっと微笑んだ。

黒い革の首輪を持った直人の手は、筋張っていて、大きくて、確かに二十七歳の男の手だった。

体温で少し温まった革が、私の首元に触れる。

吐息が漏れた。

最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

心に残った場面や、ミサキと直人について思ったことがあれば、コメントかLINEで聞かせてください。

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